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久し振りの遺跡の外。随分と長い事、探索をしていた気がする…。
何日ぶりだろうか?5日…?いや、途中で寄り道をしたから6日か。
何れにしても一人逸れた状態から、皆と無事に合流できたのは僥倖と言った
ところだろう。あの状況下では先に一人で戻っていても可笑しくはなかった。
「この子達のお陰、か…。私もまだまだねえ…」
そっとペットの頭を撫でながら、溜息と共に呟いた。
確かに彼女が皆と合流できたのは、この二匹がいてくれたからだろう。
「さて、と…。次の準備しなくちゃね」
そういってから彼女はその場を離れ、外の雑踏と喧騒の中に消えていった。
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「では、その様によろしくお願いします」
様々な露天が軒を連ねる中で、探索に必要な物資の買出しをしながら、一通
りの必要な依頼を終え、露天の主人に挨拶を述べてから宿へと向かう。
ギィ…という扉の軋む音と共に自室に滑り込み、買い出してきた荷物をベッ
ドの上に置き、窓を開けてから煙草に火をつけて深く吸い込み、目を閉じて静
かに紫煙を吐き出し、机の上にあるメモ書きに目を向けてぽつりと呟いた。
「厄介よね…」
彼女の杞憂は次の探索先の事だ。そのメモに書かれているのは前日までの協
議の結果だが、次の探索は強行軍になるのが目に見えている。幾ら探索日数が
少なく、少なからず勝算があるとは言え、その道程を阻む物が余りにも強大す
ぎる為だ。ベルクレアの小隊に、サンドラと呼ばれる謎の少女、更にその地下
には狂人たちや、巨大な骨の化物までもが居るらしい。
「本当なら、こんなのには興味無いんだけどねえ…。ま、仕方ないか」
相変らず紫煙を吐き出し、一人そんな事を言いながら、今までの事を振り返
り、物思いに耽る。その時「あっ」という声と共に忘れていた事を思い出した。
それは、同行者の一人であるヤヨイの【盛大な夢遊病】についてだ。合流して
直ぐに聞くべきかと悩んでいる内に、忘れてしまっていたようだ。
「面倒だけど、ちょっと聞きに行きますかね」
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「ヤヨイちゃん、いるかしら?」
『はーい、開いてますよーどうぞー』
部屋の中へと入ると、当のヤヨイは熱心に机に向かい装飾品を作っている最
中だった。
「あら、お邪魔だったかしら」
「いえいえ、いいですよー。それで何か御用ですか?」
「あ、ええ…、いつも一緒に居るクマさんについてなんだけど…」
「クマですか?」
予想外の質問だったのか、作成の手を止めて怪訝な顔でこちらを振り返る。
「アレって、自律して動いてるように見えるけど…、まさか中に人とか入って
ないわよね…?」
「あははっ、やだなー入ってる訳無いじゃないですか。クマさんは私の意志で
動いてるんですよ?人が入っていたとしたら、私の思い通りに動いてくれない
と思います」
桐子にしても、あの中に『人が入っている』などとは微塵も思って居ない。
ただ、切り出しが難しく、こう聞く以外に手段が思い浮かばなかっただけだ。
「もう一つ聞きたいんだけど」
「うん?なんでしょう?」
「床の所で、私と争った記憶はある?」
「床…?とーこさんと争う…?うーん…思い当たりませんね…」
予想外の質問に、ヤヨイは本気で悩んでいるようだ。これがもし演技なのだ
としたら、彼女の技量は相当なものだろう。だが、あの悩み様は到底演技では
ない事くらいは見抜ける。
「うーん…私、何か失礼な事しちゃったんでしょうか?」
「あ、いや、思い当たる節が無いならいいのよ。気にしないで、ね?」
「そうですかー?」
「ええ、それよりも…寝てる間に宿破壊したような事を前に言っていたけど、
それは今でも続いてたりするのかしら?」
ようやく本題に入る。回り道をすることで相手の心理をゆっくりと紐解いて
いくのは常套手段だが、彼女の場合は如何せん回りくどくて本題に入るのが遅
い。主から散々言われていた事だが、未だにこの癖だけは抜けないようだ。
「あぁ、それなら今は大丈夫なハズですよー。多分」
「多分?」
「そうですねー。寝てる時にこのパジャマを着てる限りは大丈夫なハズです」
そういいながら机から離れ、脇に置いてあった荷物の中から、可愛らしい刺
繍の入ったパジャマを取り出して見せる。
「そう…。ところで、もし、寝るときにそれを着ていなかったら?」
「あー、それこそ大変な事になるんでしょうねー。寝てる時は意識が無い分、
何をするか自分でもわかりませんし…。あれ…?ということは…?」
そこではたと気づく。
今までの質問の流れから、自分が寝ている間に桐子を襲ってしまったのだと。
「争ったって言ってたのは…もしかして、私が襲い掛かったんですか?」
「襲い掛かったというか…。クマが降ってきたわね…」
「…ごめんなさい…」
「ううん、誤る事は無いわよ。実際、大した怪我も無かった事だしね」
「うっ…ぐっ…でも、でも…っ!」
今にも泣き出しそうな顔をして、嗚咽を含みながら言葉を紡ごうとするが、
喉の奥から巧く言葉が出てこないようだ。苦悩するそんな彼女を優しく抱き寄
せ、一言だけ言った。
「大丈夫だから、ね…?」
それから、彼女が落ち着くまで暫くの間、その小さな頭を撫でていた。
大人びた口調をしている普段からは余り想像できないが、こうしていると、
本当はこの子はまだまだ子供なのだなと実感する。一瞬でも、演技で罠に嵌め
ようとしているのだろうか?などと思ってしまった自分が恥ずかしくなる。
「落ち着いた?」
「はい…。ありがとうございます」
「うん、ならいいわ」
「あと、ごめんなさい…」
「もういいのよ、その事は。あ、でも…」
「…?」
きょとんとする顔のヤヨイに微笑みかけながら、言葉にある種の含みと溜め
を持たせてから、冗談めかしてこう言った。
「お昼寝の時でも、パジャマに着替えて欲しいところ…ね?」
部屋を燈すは蝋燭の灯。
其処に浮かぶは二つの笑顔。
願わくばこの笑顔が、探索から戻ってからも続いています様に…。
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